軽率な発言だった

うちの研究室にはクリスチャンの留学生がいる。これまで真剣なクリスチャンに出会ったことが無いため、週末の教会ではどんなことをするのかとか、聖書の内容はほとんど把握しているのかなど色々聞いていたら聖書を取り出して読むことを勧められた。

最初の1ページを読んでみたのだが難しくて全然分かりませんと伝えたら、物語みたいになっているところがあるからそこを読んでみなさいと言われた。こっちはイエス・キリストがどんなひとだったかを弟子の人が教えてくれるところらしいのだが、最初の3ページくらいで興味を失ってしまった。親切に教えてくれていたのに大変申し訳ないことをしてしまった。

しかし、彼の話を聞いて思うところもあった。先にも述べたように今まで真剣なクリスチャンに出会ったことがなかった。自分は特定の宗教を信仰していないので、イエスキリストの存在というのも信じてはいなかった。だから彼に「物語みたいになっている所があるからそこだと読みやすい」と言われたとき、小説みたいな感じなんですかと聞いてしまった。

「そうですね、ひとつ小説と違うのは、私はこの話が本当にあったと思っているということです。」

彼がそう言った。自分の軽率な発言に対する申し訳なさと同時に、真剣に宗教を信仰するということについての考えが起こった。

自分が特にそうなのだが、大きな決断を一人でするということが苦手。そんなときに自分の中で絶対的な存在が居て、その人の言うとおりにしていれば良いと思えればどんなに楽に生きられることか。何度も言うが、自分は信仰している宗教がないので分からないのだが、そんな自分の生きる道を示してくれる存在がイエスキリストなんだろうって思った。

それだけ。