これからのエネルギー事情

私の研究室では、エネルギーに関する研究を行っており、私自身は燃料電池の研究をしている。先日先生から世界のエネルギーの将来についてお話を聞く機会があり、その内容について書こうと思う。

近年では、石油を始めとする化石燃料の枯渇の問題が叫ばれており、日本のような非生産国にとっては国家の存亡に関わる問題となっている。そこで注目を浴びているのが、太陽光や風力を用いて発電をする再生可能エネルギー、家畜の排泄物や、植物などから取り出すバイオマスエネルギー、そして主に水素を用いて発電をする燃料電池だ。

こういったエネルギー形態の変化について、先生次のような表現をしていた。「物は不便から便利に、エネルギーは便利から不便になっている。しかしまだ不便なエネルギーを使う時期ではない」

これまで世界中の国々が一次エネルギーとして化石燃料を用いてきたのは、化石燃料のエネルギー密度が高く、利用しやすかったから。そして有限資源である化石燃料を使い続けた結果として、化石燃料が無くなるという懸念がされるようになった。それに加え地球温暖化の問題も相まって、世間の関心は出来るだけ化石燃料を使わない方向に移っている。そんな世間の関心と同様に、私の頭の中にも同じような考えが浮かんでいた。卒業論文を書いているとき、燃料電池で必要とされる水素は天然ガスなどの化石燃料を元に作られているのだから、根本的な解決策に成り得ないのではないかと思っており、燃料電池の未来を疑っていた。

しかし現状では費用対効果等の制約条件に加え、主に新興国において起きているエネルギー需要量の継続的増加を考慮すると、すぐに化石燃料から新エネルギーへシフトすることは不可能であり、どちらにしろ段階的なシフトが必要とされるだろう。最終的には化石燃料は尽きてしまうし、価格も高騰するだろうが、有効なエネルギーが開発されるまでは非常に有能なエネルギー源である化石燃料は利用せざるを得ない。

その化石燃料を現在よりも効率よく活用するために、燃料電池は必要なのだ。

全ては覚えていないので、おおざっぱな話になったが、以上のようなことをおっしゃっていた。この先は私の解釈なのだが、新エネルギーが開発されるまでの時間を稼ぐためにも、今ある化石燃料をより有効に活用する必要がある。そのための技術として燃料電池が求められていると思う。

私の扱っている燃料電池は現在一般的に用いられているエネファーム等の燃料電池ではなく、もっと作動温度の高い燃料電池なのだが、燃料電池に共通して言える長所は、化石燃料の持つ化学エネルギーを熱エネルギーや運動エネルギーを介することなく、直接電気エネルギーを生み出せるため、発電効率が高いことである。世界の電力消費量は年々増えており、新興国の発展に伴い増加の一途を辿るであろう。その電力需要をまかなうためにも、さらなる発電効率の向上が求められており、燃料電池はその有効な手段となりうるであろう。

しかし電力の需要量は全体のエネルギー需要量の10%程度であり、化石燃料はこの1世紀の間にほとんど枯渇してしまうだろう。つまり、現在の世界のエネルギー需要を燃料電池の力で根本的に解決することはできないと思う。

これから半世紀程は再生可能エネルギーへの転換期となり、中継ぎ投手が必要となると思う。その中継ぎ投手として燃料電池は活躍する可能性が大いにあると思う。ただし、あくまで燃料電池は中継ぎであり、決定的な抑えの投手が必要となる。その抑えの投手の育成期間をかせぐための技術として燃料電池は必要とされてくるであろう。